急に産気づいて
病院に駆け込んだ妊婦さん。
同じ病院に入院しても
ある妊婦さんにはとても良くしてもらったと言われ、
ある妊婦さんからは全然親切じゃなかった。と言われる。
この差はいったいなんなんだろう?
出産初体験の夜
妊婦にとって初めての出産はすごく不安なものである。
まして、日本と離れた異国で出産となると、その不安も格別。
げばの場合、
日本から母親が応援に来てくれた。
しかし彼女にとっても慣れない異国。
1人はさみしいので、
彼女は、妹(げばの叔母君)を連れて渡英してくれた。
げばは彼女たちのために
ローストのご馳走をつくっていた。
そして、いきなり産気づいたのだ。
病院に着いたのが夜の7時か8時くらい。
想像を絶する痛みが走る。
痛みを軽減するドラッグもあるが、
最初に渡されたのがガスマスク。
痛みは無くならないが、少し軽減される。
あと、エピデュラルなどの神経を麻痺させるものとかあるが、
げばの場合、産道が開ききっているため、
その薬を打つには遅すぎると判断され、却下された。
ナースから、げばのケースは「超安産」と判断され、
苦しんでいるげばに
「あなたの出産を、見習いが勉強のため見学します。よろしいですか?」
心情的には思いっきり「NO」だが、
言い返す気力がなかった。
かくて、げばの出産は
インターンが見習いのために
メモをとりながら行われる、
「実施演習」となっていった。
力んで!
休んで!
力んで!
が繰り返される。
インターンのペン先にも力がこもる。
夫は見てるだけ。
こういう時、
男は使えない。
出産は女の戦いである。
共に戦ってくれるのは産婆さんであるナースである。
熟練の上等兵のような仕事ぶり。
彼女の指示は的確で無駄がなかった。
彼女との二人三脚の中、
娘がスルリとでてきた。
時計は0時30分。
初めての我が子に夫は感動していた。
深夜のお風呂掃除
出産が終わり、
げばは車椅子で病棟に運ばれた。
そこで黒人の看護師が浴室に案内し、
お前は血だらけで汚いから、風呂に入れという。
こんなことは聞かされてない。
出産を終えたばかりの私は強制的に入浴を命じられた。
しばらくして、その看護師が、
「終わったか?」と入ってきた。
そして
「なんだ!風呂に血がついてるじゃないか!
綺麗に風呂を掃除しろ!」
なんと!
出産したばかりの女性に風呂を掃除しろと!?
彼女の命令口調にも怒りが込み上げてくる。
長い時間をかけて
入浴が終わり、やっと自分のベッドに戻った。
横では生まれたばかりの我が子が寝ている。
そしてうとうとしたのも束の間、
赤ん坊が泣き始めた。どうやらおむつを替えてほしいらしい。
どうしていいかわからずナースコールを押すと、
あの黒人看護師がやってきた。
イライラした手つきで、
おむつをテキパキとかえて、
これからはお前がやれ。
こんなことでもう、呼ばないでちょうだい。
と言われた。
こっちは初めてなんだから、わからないのは当たり前だろう!
親切心のかけらもない看護師に怒りが込み上げ、
NHS病院は私の中で、一気に信頼を失った。
病院には「魔の時間帯」がある
散々な一夜が明けて、
夜勤のナース、看護師は昼勤のスタッフに入れ替わった。
昼勤のナースは明るくみんなにあいさつしていた。
げばのそばに寄ってきて、
「あなたね、ひどい目にあって、家に帰りたがっている患者さんは」
と微笑んだ。
昨夜の悪夢が嘘のように感じる。
みんな親切で優しかった。
朝食のチョイスを聞いてきた看護師さんに、
「トースト」とリクエストした。
後で知ったが、病院ではパンとかコーンフレークなんかはでてくるが、
「トースト」は朝食としてでてこない。
トースターが火災の元になる可能性があるので、
病棟にはトースターが置かれてないのだ。
なのに、
その看護師さんは特別にパンを焼いて、トーストを出してくれたのだ。
そっと病棟を出て、キッチンで調理してくれたのだろう。
昼勤スタッフの雰囲気の良さに、
「まあ、もっと居てもいいかな?」なんて思い始めた。
ここイギリスでは初産の入院は24時間から48時間。
2回目の出産の入院はなんと6時間だった。(数十年前の話です)
げばは結局、その日の夕方、退院することができた。
だからやく24時間弱入院していたわけである。
この体験によって、
「NHS病院の夜勤の人は不親切」という思い込みが
長いことげばの中にあった。
そして今、自分がそのNHS病院で働いてみて、
スタッフの事情が飲み込めた。
NHSは24時間ケアーだから、昼勤と夜勤の交代がある。
その時間は朝の8時と夜の8時。
そしてこの8時前後というのは一番厄介な時間なのだ。
なぜかというと、その時間は昼勤と夜勤の引き継ぎの時間なので、
全スタッフがそちらに集中するからだ。
仮に、急患とかがその時間にやってくるということは、
店じまいを終えて帰ろうとしているのに、急に客が店に入ってくる。
というようなシチュエーションなのだ。
急患なんだから仕方ないけれど、
スタッフも人間。
患者のエンドレスの要求に応えられない時もあるのだ。
そして、夜勤についている人たちは、
全員が通常の職員というわけではなく、
派遣の看護師やナースの場合が多い。
通常職員が「昼勤を多く希望している」ためである。
それにあの頃のHealth Careのシステムは
今ほど厳しくなかったので、
訓練を十分に受けていないスタッフもいたのだろう。
夜勤の仕事のルーティンは、各種医療機器のチェック、ペーパーワークの点検など、
1人で地味に行う仕事が多い。だから怠けようとする輩たちもいるのだ。
そういった人からすると、みんなが寝静まっている中で、
「おむつの替え方がわからん」なんて
アホなことで呼び出されるのは
なんとも迷惑で、腹立たしいのだろう。
そんなことを考えていると、
あの時の黒人看護師にも
今だったら、
臨機応変に賢く対処することができたのだろう。
そんなことをしみじみ思ってしまった。