人生何が起きるかわからない

イギリスに住み着くつもりはなかったし、

結婚するつもりもなかった。

そして人生これから落ち着こうとしている60歳で

まさか自分が大学にいこうなどとは

爪の先ほども想像していなかった。

これは一平凡な日本人60女のお話である。

どこまで更新できるかわからないが、

不定期で少しずつ語っていこうと思っている。

留学センター

1980年代後半、時代はバブル景気の真只中、私は半導体の商社の貿易部に所属し、そこで平凡なOLをしていた。入社して7年も経つと、同僚たちは結婚して、次々に職場を去っていき、取り残された私はなんとなく会社に居づらくなっていた。別に結婚する予定もなく、転職しようかな?という思いもよぎった。

その頃は円高の影響で誰も彼もが海外に出かける時代。

そうだ、一旦退職して、行きたかったスペイン旅行しようかな?それからゆっくり再就職しよう。

そう思って、いろんな情報誌を読んだり、海外にいった人の話を聞いたりしていた。

その中で、アメリカに最近いってきた!という人と知り合った。彼女はボランティア留学というものを一年して帰ってきたらしい。社会福祉の会社でボランティアとして働き、その代わりに1年間のビザと住居、仕事が提供される。私はそのプログラムをやっている留学センターを紹介してもらった。

大阪のビルの一角にその会社はあり、スペインに行きたいという旨を話すと、

「あなた、そうは言ってもスペイン語できないでしょ。でも英語なら少しは習ったことあるから、ましでしょ。最初からスペインにいかないで、イギリスで1年間留学してそこからスペインに旅行したらどう?」と提案された。

なるほど。それはグッドアイデアである。それに英語がもう少しできたら、今までやってきた貿易事務の仕事がスキルアップされて、帰国後はもっといい転職先がみつかるかも。

こうして私はOLを辞めて、イギリスに留学することにしたのだ。今思えば、あんな英語力で、よくもまあこんな大それたことができたものだと感心する。

話を聞いた友人たちはわらわらと集まってくれて、「送別会」という名目で飲みに誘ってくれた。

「あのさ、イギリスはユナイテッドキングダムの略で、UKっていうんだって。じゃあさ、アメリカはなんというのかな?」

友人が得意げにいう。

「そりゃあ、ユナイテッドステッドキングダムだろ」

私は「へえーそうなんだ。」

友人「アホだな。おまえ」

とバカにされた。

今だったら、その友人を思い切りどついてやりたい。

とにかく大阪人のボケとツッコミで大いに盛り上がり、カラオケを歌いまくり、若かりし青春を謳歌していたのである。

さて、

イギリスへ出発する日が近づいたある日、

私は留学最後の打ち合わせのため、留学センターに向かっていた。

梅田の駅構内を歩いていた時

突然、言いようのない猛烈な感情に襲われた。

「私、このまま(イギリスに)いっちゃっていいの?!」

「こんなに楽しい大阪を捨ててまで、行く価値あるの?!」

「なんか人生が大きく変わるんじゃない?!」

「こわい!」

そして涙が溢れてきたのだ。

留学センターに着いてこの話をすると、

「じゃあ、げばさんの代わりに私が行きますよ!げばさん、もうお金払ってくださってるし」

と職員が花のように言っていた。

そうだよな。

人からすれば、イギリスに一年も行けるんだもん。

すごいことだよな。

こうして私は留学センターの言うにまかせて、飛行機に乗り込み、イギリスに旅立ったのである。

1989年のことだった。

その年は天皇が崩御され、年号が昭和から平成へと変わった。

だからつまり私は平成の空気を知らないのだ。

今でも私の中の日本は

「昭和」のまま時が止まっている。

投稿者 geba-

21年の国際結婚にピリオドを打ち、今現在シングルアゲインしています。この生活は思った以上に快適で、NHSの病院で働きながら、漫才みたいな生活を楽しんでいます。女子トーク、イギリス生活、そしてシリアスな人生観を書いていきます。

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